京都、西陣に本店をおく、京菓子の老舗「鶴屋吉信」の公式サイトです。

京菓匠 鶴屋吉信

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京菓子寸話


酉年の縁起


鶏

平成29年は酉の年。十二支の酉は第十番目、酉の時といえば午後六時ごろ、 方位では西を指します。動物はいうまでもなく鶏(にわとり)。

天照大神(あまてらすおおみかみ)が弟の素戔嗚尊(すさのおのみこと)の乱暴に腹を立てて 天(あめ)の岩屋戸(いわやと)に隠れたために世界中が闇に包まれたとき、 八百万神(やおよろずのかみ)が常世長鳴鳥(とこよながなきどり)を鳴かせ、 天鈿女命(あめのうずめのみこと)に踊らせて天照大神を呼び出したという古事記の神話で、 常世長鳴鳥というのは鶏のこと。太陽を呼び出す鳥として日本の文献で初めて現れる鳥ですから 万葉集の時代では鶏のことを「庭つ鳥」とも言いました。

このように、鶏は闇の魔物を追い払い太陽を呼び寄せる招福の霊鳥であるとする伝説は、 古くから洋の東西を問わず広く知られます。屋根の尖塔に置く風見鶏もその例です。 古代中国でも、昼と夜がめぐるのは、天鶏(てんけい)が午前零時になると鳴き、 昼の陽烏(ようう)がこれに応えて天下の鶏が一斉に鳴いて朝を迎えるのだと考えたようです。 この信仰から陰暦二月一日の縁日には、小さな鶏の形をはりつけた干菓子を供える風習があったといいます。 戦国時代、斎の孟嘗君(もうしょうくん)が鶏の鳴きまねのうまい男と 狗(いぬ)のまねをする盗人(ぬすっと)を利用して難を逃れたという話、「鶏鳴狗盗(けいめいくとう)」の故事は有名です。 鶏には東天紅(とうてんこう)とか長尾鶏(ながおどり)などという尾羽のながい品種があり、 観賞用や愛玩用になっています。卵を産み人の暮らしに役立つ鶏は、なかなか縁起のよい家禽(かきん)なのです。

新しい年の干支の縁起を祝う、鶴屋吉信恒例の干支菓子には。栗入り染分け羊羹の「招福どり」と意匠羊羹「庭の春」、 玉子煎餅「酉の福」、「鶴屋吉信ようかん干支」、お干菓子「季のこよみ干支 酉」がございます。





柚子


柚子

初夏の頃、白い5弁の花を可憐に咲かせる柚子の木。花が終わるとやがて青い小さな実をつけて、 夏から秋の赤々と照る日を浴びて実を太らせ、11月から1月の寒い季節に美しく鮮黄色に熟します。

柚子の原産地は中国の奥地からチベットにかけての寒い地帯で、 日本にはずいぶん古い時代に入ってきたといわれます。 寒冷地に適していてカラタチに次いで寒さに強いといわれるのはそのためです。 ミカン科の常緑木で高さは4メートルほどにも達し、 枝に長いトゲを持ち、葉は細長い楕円形をなしているのが特徴的です。 その独特の芳香は古くから珍重されて、日本人の暮らしに深くなじんできました。 果皮は香辛料の原料となり、果肉の芳香は料理に使われて味をひきしめてきました。 また古来薬用としても尊ばれ、不老長寿の仙薬ともいわれてきました。

柚子の香りのよさは当然ながらお菓子の材料としても早くから親しまれたのです。 奈良時代の大嘗会(だいじょうえ)の供物を記したものに搗栗(かちぐり)、 熟柿などと並んで柚の文字が見られます。 お菓子の発祥は上代の菓物(くだもの)に始まるのですが、 そのなかでも最も早くから加工されたのが柚子でしょう。 こんにちの茶道菓子の発祥は室町時代といわれますが、 利休の頃の文献に現れるのが「ふのやき」と並んで「柚餅子(ゆべし)」です。 この柚餅子は熟した柚子の実を上下2つに切り、 上をふたになるようにして実をとりだして 米の粉と味噌を入れて蒸しあげたものといわれます。

嘉永年間の頃、鶴屋吉信3代目鶴屋伊兵衛が「みぞれ羹」をつくったところ、 どうしたわけか配合を間違えて生まれたのが「柚餅(ゆうもち)」です。 求肥に香り高い青柚子をしのばせ和三盆をまぶした「柚餅」は、 明治時代には文人富岡鉄斎が愛好して「天下一品」の賛を与えております。

京都の人は柚のことを「ゆう」と優雅な語韻で呼びならわしていますが、 利休の「柚餅子」、3代目伊兵衛の「柚餅」の例でみるように、 「ゆう」という呼びかたは相当古くからのようです。 柚味噌(ゆみそ)もまた京で親しまれているもののひとつです。



 
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